四人は社員寮フロアを歩いていた。どうやら大半のリユニオン個体は下に降りているらしく、ほとんどエンカウントすることもなく、彼らは進むことができた。
それに、たとえ現れたとしても、腕の傷が疼きながらも的確な射撃をするレインと、どこで習ったのか素早い動きで拳を振るうライルが、確実な戦力となって、それを撃退した。
【パタラッパタラ・・・・ペタペタペタ】
「今、音がしませんでした?」
「あぁ、軽い足音みたいなのが・・・ん?」
アルルカンは、廊下の向こうに茶色い犬がいるのが見えた。
ピンと立った耳に、くるりと巻かれた尻尾。短い四肢と、ふわふわの毛並みは、たしか柴犬とか言う犬種ではなかっただろうか。
犬は徐々に増えて行き、最終的には三匹の犬が、四人の行く手をふさぐ形で現れた。犬達は可愛い顔で獰猛な唸り声をあげて、距離を詰めてきている。
「えっと、ウィルスって犬にも感染するのかね?」
「するみたいだぜ」
「撃ち殺せばいいだろう」
銃口を持ち上げたレインを、ライルは必死で止めた。
「動物愛護のなんちゃらに訴えられるよ!」
「ならそいつらを呼んで来い!あれの餌になってくれるなら、いくらでも訴えられてやる!!」
「あの円らな瞳を見てあげて!」
「血走っているだろうが!!」
言い争っている間に、犬達は一斉に飛びかかった。一匹はレインが撃ち落としたが、その隙に彼女の後ろに回り込んだ二匹はヴィンセントに牙をむいた。
アルルカンはその瞬間をスローモーションのように見ていた。
最初の一匹は、長い足が回し蹴りで弾き飛ばし。続く一匹はやり過ごす。
後ろに着地し、もう一度飛びかかってきたそいつのあご下にアッパーを叩きこむ。ものの一瞬の出来事だ。
これがエージェントの力か。とアルルカンは自分の手を見て思った。もしかしたら、自分も似たような事が出来るのだろうか。
そんな彼は、ヴィンセントの神速の挙動を難なく追える目を持っている事に気付いていない。
「・・・・・」
レインが殺しそうな勢いでヴィンセントを睨んでいる。ひょっとしたら、驚いているだけかもしれないが。
ライルもしばらく茫然とその様を見ていたが、一息ついてあんまりだ!とヴィンセントに説教を垂れ始めた。
「あ、その、なんだかすいません」
「あんたがそんなに非道な人間とは思わなかったよ!」
放っておけばいつまでも恐縮し続けるヴィンセントと、犬派なのだろうか、口が一向に閉じそうにないライルの頭に一発ずつ拳をみまって、アルルカンは進行を要請した。
「いい加減にしろって」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「実験室は二重構造で、メインの部屋は殺菌ルームを挟んで、事務室と隣り合わせになっているんです」
「へぇ」
「事務室には、点検用に梯子が通っていますから、ここを降りればダイレクトにたどり着けるんですが・・・・」
ヴィンセントは下を見下ろした。
そこは、ヴィンセントの言うとおり、第七セクターの実験室に隣接する事務室である。事務室と言っても、デスクと椅子がワンセット、観葉植物などが隅に一つ置かれているくらいの、小さな部屋で、部屋自体には、特におかしな所は無い。
ただ、四人がこの部屋に入るのを躊躇しているのは、椅子の上にぐったりともたれている、男の為であった。
「あれ・・・・感染者かな?」
「そうとしか思えんけど、生きてるのかね?」
なんかすごく嫌な予感がする。とアルルカンは腕をさすった。その顔は、計り知れない不安に直面しているように白くなっている。
しかしヴィンセントは一拍置いて頷いた。
「行きましょう」
「行くの!?」
言うが早いか、彼は梯子も使わず飛び降りていた。待てよ、とアルルカンもそれに続く。
足音もほとんどさせずに着地した彼らを見て、レインはまた顔をしかめた。
「部屋は狭いが、地面まで三メートルはあるぞ」
「いや、あいつらならこんな距離ないも同然だぜ」
「・・・・?」
まるでよく知ったような口をきくライルに、レインは首を傾げたが。その疑問が風船のように大きくなる前に、ライルは梯子を降りた。
ヴィンセントは地面に伏せて、何かを見ていた。
「どうした?」
「これ、なにか分かりますか?」
「砕けたガラスケースだろ」
ライルは言った。
地面には筒型のガラスケースが、砕けたまま散らばっていたのだ。
「ただのケースじゃない、ジェノバウィルスの保管用ケースです」
「げぇっ!」
飛び退いたライルに、アルルカンは肩をすくめた。
「ウィルス自体は大気に混ざれば十分程度ですぐに死滅してしまう。今回みたいに、おあつらえの閉ざされた空間がない限り、驚異にはならないはずだったんだ・・・」
ヴィンセントは、椅子にもたれている男の顔を見た。
それにしても、おかしな格好をした男である。今までみてきたリユニオン個体(感染者)はスーツなり白衣なり、私服のものも大勢いたが、この男は黒ずくめの戦闘服じみた服に、長い黒マントである。
壮年と思われるその白い顔を見た瞬間ヴィンセントは目を見開いた。この顔には見覚えがある!!
それを後ろから見たアルルカンも、同じ顔をする。
二人は顔を見合わせた。
「なにか思い出したのか?」
レインが尋ねると、二人は首をふった。
「急ぎましょう、思い出したくない事を思い出しそうだ」
「いや、全く同感です」
二人はいそいそと、決まった歩幅で殺菌ルームの扉をくぐった。慌ててライル達が後を追いかけると、ヴィンセントが険しい顔で、部屋の中央にあるケースを見ていた。ウィルスの流出を防ぐために完全に密封され、サイドから備え付けてる手袋に手を入れる事で、作業が行えるというやつだ。
しかしその中は、空のガラスケースが二つほど置いてあるだけだった。
「・・・・・ない」
「えぇ、取り出しましたので」
立ちすくむヴィンセントの隣で、アルルカンが心得たように頷いた。ヴィンセントはこめかみに手をやって、大きく息をついた。
「どういうことです?」
「逃げながらにいたしましょう」
アルルカンは懐から銃を取り出して、来た道を戻ろうとした。しかし、その歩みはビクっと止まった。
「それは、私が説明してもいいかい?」
初めて聞いたハスキーな男の声に振り返れば、そこには先ほどまで椅子の上にいた男が立っていた。
レインとライルは言うまでもなく驚いたが、残りの二人は一瞬で銃を構えて、男に突きつけた。
男はうっすらと笑みを浮かべて手を肩まで上げた。どうみてもリユニオン個体にしては情緒的な挙動である。
「あなたは、誰です。リユニオン個体じゃないんですか?」
「ずいぶん、他人行儀なんだね、ヴィンセント。君のお父さんじゃないか」
お父さん。その単語が聞こえた瞬間、ヴィンセントは心の拠り所と言っても過言でない銃を落とし、頭を抱えた。
「がぁああああっ!!?」
こめかみに強烈な痛みが走り、頭の中を記憶がイメージになって駆け抜けていく。
アルルカンは、構えをくずさないまま頷いた。
「そうでございます。あなたはヴィンセント・ヴァレンタイン。ここにいらっしゃるグリモア・ヴァレンタイン博士の一人息子でございます」
「嘘だ!そんな事実などない!!」
「・・・・そこまで拒絶しなくてもいいじゃないか」
グリモアは壁にのの字を書き始めた。
レインは茫然と、グリモア博士を見た。
グリモア・ヴァレンタインと言えば、神羅の中でも屈指の有力者で、この地下研究所ミッドガルの総括も務めている男である。実は、レインたちに課せられた任務の内容には、彼の救出および研究内容の確保という項目も含まれていた。しかし、ブルークイーンの暴走(というより緊急行動)は、この施設内の人間を殲滅したに違いなく、彼の生存などはなから信じてはいなかった。
だが、事実として彼は今ここに生きている。それも、リユニオン個体ではない状態で。・・・・状況で?
「神経ガスだなんて、穏やかな方法じゃないね。さて、全部思い出したかい?」
グリモアに微笑まれ、ヴィンセントは首を振った。
「まて、まだ混乱している。なんでジェノバ・ウィルスが流出して、なんで抗体が見つからないんだ。急いでレインに打たないといけないのに!アルルカン、“私はお前に頼んだはずだろう”、“ライルとシアリスの計画通りに”」
レインはどういうことだ、と反射的に言っていた。その後ろでライルが答える。
「俺とシアリスは、国際倫理委員会のエージェントでさ。神羅がヤバいもの開発してるっていうから、スパイとして派遣されたんだ」
そこで、アルルカンとヴィンセントにコンタクト(接触)したってわけ。とライルはこともなげに語って見せた。
「いい加減、この仕事から足を洗いたかったのもありますし。なにより神羅についていると、いつ人体実験の材料にされるかわからないので、ワタクシたちは協力することにしたのでございますよ」
「私が外を見張っている間に、アルルカンがジェノバウィルスと抗体を盗み出し、ライルに渡す手はずだった」
よな、と確認するようにヴィンセントはアルルカンをにらんだ。
アルルカンは、授業参観に親が来た少年のように手を挙げたグリモア博士を指した。
「あちらが説明してくださるそうですよ」
「発言を許可する」
ヴィンセントは座った目つきで父を見た。
「ありがとう・・・・僕は正直ジェノバウィルスなんてどうでもよかったんだけどね。君、ブルークイーンの監視システムに忍び込んだだろう、アルルカン君」
「えぇ」
「あれはいけなかった。ラファエルちゃんはだませても、僕の友人が気づいちゃったんだよ」
「ディーベクトか」
「ご明察。それが、第一級危険生物を取り扱っているこの第七セクターの監視システムだったから、見過ごすわけにもいかなくてね。急いで駆け付けてみたら、アルルカン君がウィルスを盗んで出てくるところじゃないか。驚いたね」
「ワタクシも少々寿命が縮みました」
驚いたついでに、ウィルスの入ったケースを落としてしまいまして。とアルルカンは悪びれもせず言った。
「「お前が元凶か!!」」
ライルの拳と、ヴィンセントの蹴りを素早くよけて、アルルカンは反論した。
「気配を殺して、いきなり肩を掴まれたのでございますよ!で『何をしてるんだい?』って、低音で言われたら、誰だってあんな滑りやすいケース落とすに決まっていましょうが!!」
先ほどの砕けたケースはそういうことだったのである。ヴィンセントはやりきれず、父に向って怒鳴った。
「親父!」
「やー僕もついびっくりして”地”が出ちゃったかもねぇ。でも、アルルカン君抗体もったままそのまま逃げちゃうし、僕は部屋に閉じ込められるしで結構大変だったんだよ」
三人は声もなく黙り込んだ。話だけ聞いていれば、この男は第一のウィルス感染者でしかるべきではないだろうか。
「急いで換気は止めたんだけど、どうやらあまり効果はなかったみたいだね。職員は感染し、ブルークイーンは安全装置を作動させ・・・・」
やってきた君たちは、解放者だ。
笑ったグリモアの顔に、アルルカンは銃弾を撃ち込んだ。しかしその姿がぶれたかと思うと、弾はその背後の壁に当たり、アルルカンの銃は蹴り飛ばされている。あまりの衝撃に爪にひびが入り、アルルカンは思わず手を押さえた。
音速を超えた男は、変わらぬ穏やかな笑みでヴィンセントの前に立った。
「世界征服なんて、僕の柄じゃないだろう?僕は正義の味方が好きだからね」
グリモアはにこやかに、銃を拾い上げたヴィンセントの腕をひねり上げる。
「でも、なぜかな。頭の芯がぼーっとしてさ、今すごく世界を侵略したい気分なんだ。リユニオンしようじゃないか」
グリモアは、動けないヴィンセントの首筋に噛みつかんと、やや体勢をかがめた。
「ヴィン!」
ライルは後ろからグリモア博士の首を固める。レインはその側頭部に銃弾を撃ち込んだ。さしものグリモアも、ずるりと地面に倒れ伏す。
「・・・・こいつが、ボスだったわけだ・・・・・・うっ!」
レインは顔をしかめる。
「腕の傷がうずくのか。アルルカン、抗体はどこだ?」
「ここへ来る時に乗った電車のところでございますよ。まさかあそこにまで神経ガスが通っているとは思いませんでした」
「結局は、最初へ戻るのか。行くぞ、時間がない」
ヴィンセントは最後に倒れ伏した父をみやって、部屋をあとにした。
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先ほどの梯子から社員寮フロアに上がり、ヴィンセントたちはさらに上に向かう階段を探していた。
しかしレインは珍しく焦った様子で、脱出口を探すのを渋った。
「隊長たちはどうする!?」
「生きていれば、彼らも上を目指すはずだ。先に電車に着いたら、ギリギリまで待って・・・」
ダメなら、置いていく。とヴィンセントは言い切った。
レインは言葉もなく、その横顔を見ていた。先ほどとは別人のようだ。
「もっと早く、記憶が戻っていたら。お前は、私を置いて行ってくれただろうに」
言外に強い皮肉をこめて、レインは苦々しく言った。
ヴィンセントはそっけなく返すだけだ。
「そうかもな」
駅のホームへ上がる階段が、ようやく確認できた思ったとき、突如ヴィンセントは天井を見上げると、足を止めた。
レインたちも続いて見上げてみるが、視線の先には換気口があるだけだ。
「どうした?」
「音がする」
【ガタンバタン】
まるで誰かがダクトの中を無理やりとおっているような音が、やっとレインたちにも聞こえたとき。
【ドガシャン!】
激しい音とともに、換気口の金網が外れ、人が落ちてきた。地面にべったりと倒れ伏した人物を見やって、レインは声を上げた。
「隊長!」
「やぁ、なんか久しぶりに感じるねレインく・・・ぐぇ」
続き落ちてきたロゼットが、スマートにアースティンの背中に着地した。
「皆、無事だった!?」
「お、おかげさまで」
アースティンは、ヴェルドが降ってくる前に、ずるずる退避した。
「こっちも大変だったのよー、なんか“デタラメなの”来ちゃって」
「話はあとで、まずは脱出しましょう」
アースティンはヴィンセント達の変わり様に勘づいたらしく、サングラスの下の目を細めたが、特に口を開くことなく頷いた。
ヴィンセント達は階段を駆け上がり、扉を開いた。
ほんの数時間前に通ったばかりの、ものさびれた地下鉄のホーム。
しかし、前とは違ったものが、そこにはあった。
十名近いリユニオン個体、そしてその先頭でモップを片手に不敵に笑う男。それは先ほどには確かになかった光景であった。
ロゼットは男をみて、手を口にあてた。
「あー!さっきのデタラメちゃん!!」
「・・・・ディーベクト!あんたもか」
腰が引き気味になるヴィンセント達とは対照的に、ディーベクトと呼ばれた男は一歩踏み出した。
「あの阿呆が巻き込まれることには、たいてい俺も巻き込まれると相場が決まっておるのだ。認めたくはないがな?」
ディーベクトはモップを構えた。後ろにいたリユニオン個体も、信じられないほど整った動きで戦闘態勢をとる。
「グリモアも間が抜けている。わざわざ探すよりも、こちらを押さえたほうが断然早いだろうが」
「そう言ってくれるなよ。せっかく悪の雰囲気出てたんだから」
全員の後ろから、聞き覚えのある声がする。
見やれば、先ほど頭に穴をあけられたはずのグリモア博士が、階段をゆっくりと登ってきているところであった。
ヴィンセントとアルルカンの顔から血の気がさっと引いた。
「さ、最悪だ・・・・最低だ。両方は無理だ」
「えぇ・・・・ゲームオーバーでございます」
ディーベクトは若いのにだらしがない、とモップで地面をカツカツと叩きながら、嘆息した。
「ラスボス直前で諦めるなど、もったいないだろうが」
「そのラスボスがバグって二体に増殖したらリセットしたくもなる!」
そして二度とやり直さない!とヴィンセントはかみつくように言った。
「まぁまぁ、これから仲間になって世界を征服するっていう続編があるわけだし、そう悲観するものじゃないよ」
あんまりだ!とヴィンセントは顔を手で覆った。その拍子に、銃が手から滑り落ち、地面にバウンドした。
【ダンッ!】
暴発した銃が、ディーベクトの後ろにいたリユニオン個体の一人を沈めた。さらに、その隙に腰から抜いた銃の標準を、見もせずに背中に向けて、自らの父に数発くらわせる。
それを合図にするように、アルルカンがさらに二体を撃つ。
「走って!」
アースティンが叫ぶと同時に、ピンを抜かれた手榴弾が地面を転がり、ディーベクト達の足もとに転がった。
爆音と煙と膨大な熱量が、閉ざされた空間を一瞬で支配する。
ヴィンセントたちはその隙を縫って、電車に駆け込む。ヴェルドが運転席に座れば、電車はとたんに息を吹き返した。
「急げ!あいつらは電車くらい追い抜きかねんぞ」
「デタラメじゃないですか〜!!」
電車がゆっくりと進み始める。
しかし、やはりホームの爆煙の中から、二人のラスボスは現われた。
アルルカンとレインが銃でけん制しながら、電車は徐々にスピードを上げていく。
だがレインの肩に、突如激痛が走った。
「っ!!?」
見れば、針というより細いストローのような注射針をもった注射器が、肩から生えている。
抗体を打ち終わったヴィンセントは、注射器をもとあったアタッシュケースに戻した。
「これで、おそらく大丈夫だ」
「注射器を垂直に刺すな!」
レインは鋭くヴィンセントの頭をはたいた。
「焦って手元が狂った」
「真顔でいうな」
「いや、しかしよかった」
アースティンは安堵のため息をついた。電車も最高速度を出し、地獄の駅もバグったボス達も、もはや影も形も見えない。
「時間はまだある、このまま逃げ切ろう」
「そう、上手くもいかないようでございますねぇ」
アルルカンは突如銃を上に向けて撃った。
【ガタン】
なにかが動く音がして、ヴィンセントも銃を構える。
「上か、ディーベクトだな」
「振り落ちる相手ではございませんねぇ」
「私が行く、何があっても止めるなよ」
ヴィンセントは外への扉を開くと、動いている電車の上を最初のアースティンのように上って見せた。
見れば、車両の天井に仁王立ちしているのはやはりディーベクトだった。
「そう殺気立つこともないだろうに」
「正気じゃないあんたは危険なだけだ」
ディーベクトは歯をむいて、粗野だがどこか上に立つもの独特の高貴な笑みを浮かべた。それは獣の笑みだった。
「否定はしない」
「一騎討ちして勝てるとは・・・・・正直思っていない、だから」
ヴィンセントは銃を閉まって駆け出した。このまま全力で体当たりすれば、ダメージは望めないとしても走る電車からたたき落とすことはできるはずだった・・・・もちろん自分もろともであったが。
しかしその横を、彼を引き倒しながらさらに素早く駆け抜ける者がいた。
「ライルッ!!」
童顔の青年は肩口から鋭く相手の鳩尾辺りに突っ込んでいき、二人揃って勢いよく電車から転がり落ちた。
どんどん遠ざかり暗がりと同化していく線路の奥から、緊張感のない声がした。
「悪い〜やっぱ妹は見捨てられねぇわ!」
「馬鹿め!そんなセンチメンタルなキャラじゃないだろうがっ!!」
あんまりだ〜と聞こえたかどうかはともかく、ヴィンセントはしばらくその場から動けなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
電車は他に障害もなく、屋敷のすぐ下まで帰って来ることができた。扉はまだ開いている。
「急いで」
アースティンが後ろから追い立てるように全員を走らせる。その時先頭を走っていたのはアルルカンであったが、突如その足が止まった。
「やぁ!」
目の前にふらりと現れたのはグリモアであった。
「上にもいたんだから、下にもいると思わなくてはね。いやぁ、マントが巻き込まれそうで苦労したけど、ディーベクトが自分じゃ体格的に無理だとか駄々こねてさぁ」
結果的にはよかったよ。と嬉しそうにいう父親の顔面にヴィンセントはいきなり右ストレートを繰り出した。
視認するのも困難では、といった速度で繰り出された拳であったが、黒い手袋をはめた手はキャッチャーミットのようにそれを軽く受け止める。
その隙にロゼットがレインを引っ張るようにして横を駆け抜け、扉から外に出た。
残った男性陣は油断なく銃口を構えている。
「女の子はともかく、僕は男には躊躇しないなぁ」
「奇遇だな、俺もだ」
突如聞こえるはずもない声がした。
ヴィンセントが驚いて、見れば、いきなり隣に先ほどライルと共に落ちたはずのディーベクトがあらわれたではないか。
ディーベクトはグリモアの手を掴んで、ヴィンセントの拳からはずさせると、ヴィンセントに向き直ってこう言った。
「正気じゃない俺は危険だぞ、ほらさっさと逃げろ」
そういうディーベクトは片手に持ったへんにょりしているライルを、ヴィンセントに押し付けた。
なぜだかグリモアが動けないでいるその間に、アースティンはヴェルドとアルルカンを扉に押し込み、ヴィンセントとライルを守るように前に出た。
「どういうつもりさ」
アースティンの問いに、ディーベクトは食えない笑みで肩をすくめた。相変わらずグリモアの腕は放さないが、掴まれているグリモアの方はブルークイーンの空調よりさらに冷え冷えした赤い視線で彼を睨みつけている。
あの視線に当たったらショック死するかも、とアースティンは頬を嫌な汗が伝うのを感じた。
「もとから規格外だからな、何をしたって許されるだろう・・・・なぁ?」
「知らないね」
同意を求められたグリモアは、不機嫌そうに適当に返事を返した。その赤い瞳は今度は息子に注がれたまま動かない。まるで、そっちに行く事へ警告するように、悲しそうな赤に染まっている。
アースティンは背中でヴィンセント達を押しながら、ゆっくりと扉に後退した。もう扉が完全封鎖されるまで時間がなかった。
ヴィンセントはゆっくり閉まっていく扉の向こう側で、あの獣の笑みをまた見ることができた。
「本社の連中によろしく伝えておけ」
扉は完全に閉ざされた。
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