しかし、折角の感動的な雰囲気も、一歩外に出れば、極寒の空気に吹き飛ばされた。ただ、冷却装置が停止したため、僅かに温かい空気が流れ込んでくるのは救いだったかもしれない。
「あの・・・ライルさんはどうしましょうか?」
レインはしばらく難しい顔をしていたが、首を横に振った。
「諦めろ、単独行動をとる方がわるい」
一行は元来た扉を開こうとしたが、どこからともなく響いたラファエルの声がそれを遮った。
『そっちは駄目です、リユニオン個体がいますよ』
【ドンドンドン!】
扉が向こう側から叩かれる。衝撃に分厚い扉も軋む。これがリユニオン個体の力なのか、と全員は戦慄した。
『ちょっと危険ですが、隣の扉から業務フロアに出てください。フロア閉鎖が業務時間終了後だったので、おそらく一番リユニオン個体が少ないはずです』
皆さんにはそこから緊急避難経路を通って、上にあがっていただきます。とラファエルはつけたした。レインが銃口を扉に向けて言った。
「もう一度こいつらを閉じ込める事はできんのか?」
『緊急マニュアルによって解錠されたドアは、ブルークイーンのコントロールの外に置かれます。もう一度私を再起動しなくちゃこの状況はずっと続くんですよ』
「なるほど、そんなことしたら今度こそ僕等は閉じ込められるわけだね」
『ご明察です』
「帰ったら本社の連中に、もっと賢く緊急マニュアルを練れって言っておくよ」
アースティンが先頭を行き、リユニオン個体の迫る扉から向かって右手の方へ走った。そこには先ほどは通れなかった扉があるが、ヴィンセントの社員証を通すと抵抗なく開いた。
凍りついた室内から、冷たい空気が流れて来る。
『あら?』
「どうしかした?」
アースティンは銃を構えたまま尋ねた。
『誰かが扉を開いた形跡が、社員証照合にも一致している・・・・シアリス・・・・シアリス・フィールド?』
「シアリス?」
「フィールド・・・・ライルか」
彼とレインが反応した。
「いまはそれどころじゃないよ。早く行こう」
アースティンは鋭く指示して、全員を走らせた。
フロア内は机が等間隔で置かれており、ゴミ一つ落ちていない無機質な空間である。他に人の気配もないのが、当然のように頷けてしまいそうなほど。
「ライル君いるー!?」
ロゼットが何度か声を上げながら、フロアを移動するが、反応する者はいない。
「声を上げるな、気づかれる。奴の事は諦めるべきだ」
レインが事務的に言った。
一行の後ろの方では、彼とアルルカンが、ヴェルドを後ろに、挟まれ護送される形で進んでいた。
「リユニオン個体って言うと、具体的にはどう言う奴が出てくるんだろうな?」
ゾンビみたいなやつだったりして、とアルルカンが不謹慎に笑った。
「昨日の今日ですから、腐ったりはしてないと思いたいですね」
彼はぼんやりとそう返した。目線は辺りを絶えず見渡している。
「ライルの事、気になってる?」
「彼は・・・私を知っているそうなんです」
「へぇ」
アルルカンは興味深そうに彼を見た。
「シアリスって知ってますか?」
「さっき、ブルークイーンが言ってた?」
「その人も・・・私は知っているはずらしいのですが」
思い出せなくて、と彼はため息をついた。アルルカンはそんな彼を見て、少し慰めるような口調で言った。
「記憶を失うってのも、因果なもんだよな・・・でも、俺は悪いことばかりじゃないと思うんだよな」
「そうですか?」
「新しく生まれ変わるってかさ。なんか仕事にもいわくありそうだし、思い出せなくてもいいかなぁなんて」
そうかも、しれませんね。と彼は妙に納得させられた。大切な人やものを思いだせない事は辛いが、記憶を失っても、何が大切なのか分かる心が残っているのなら、このままの自分を認めても・・・。
【ごと・・・】
その音にいち早く反応したのは、彼とアルルカンだった。
「いま、何か聞こえました?」
ヴェルドも首を傾げている。
「隣の部屋じゃないかい?」
でもそっちに行かないと非常階段は通れないんだよね、とアースティンは困ったように呟いた。
『監視カメラがついていないのでわかりませんが。気を付けてください、リユニオン個体である事も考えられます』
「ライル君かも」
「・・・・いくぞ」
一行はもう一枚扉を開いた。また等間隔に並べられた机の群れの中に、人影が立っている。暗がりでよくわからない。
「ライル君?」
「いや、女性です」
アースティンの言葉を彼は否定した。スーツを着た女性が、白い顔でこちらを見ているのが、彼の赤い瞳にはちゃんと見えていたのだ。
「・・・・シアリス、さん?」
彼は思わずつぶやいていた。
女がゆっくりと歩みを進めてくる。アースティンはそれを銃に取り付けてあるライトで照らした。
茶髪のセミロング、アーモンド形の目の色は青い。二つとも、先ほどまで行動を共にしていた男と同じ色であることに気づいて、彼は確信した。近づいて、声をかける。
「シアリスさん・・・ですね」
「ヴィンセント君、近づいては駄目だよ。リユニオン個体の可能性が高い」
アースティンが制す。
シアリスの社員バッチのついたスーツの表面は、薄く霜がはっていた。
「ゾンビっぽくはないよな」
そう言いつつも、アルルカンは彼の腕を掴んで引きとめた。
彼はシアリスに語りかけた
「シアリスさん・・・ライルさんが、貴女を探しています。あなたは・・・・」
女はにっこり笑った。
「リユニオン」
「え?」
アースティンがトリガーを引くより早く、シアリスは素早く彼に飛びかかった。
僅かに油断していたとはいえ、戦闘訓練を受けた人間の反射速度に勝る動きである。彼はなすすべもなく、その歯牙にかかると思われたその時、後ろから彼女を押さえつけた人間がいた。
その人物は肘で彼女の首を固定して、どこから取り出したものか手錠をかけて、細い排水管にもう片方をつなげた。とても素人とは思えない身のこなしである。
「ライル!・・・さん」
ライルは少しやつれたような笑みを見せた。いつの間にか両手から手錠が外れている。
「よ。なんか知らない間にすげぇ事になってるみたいだけど、元気で何よりだぜ」
「ライルさんこそ・・・」
「リユニオンしようよ!」
シアリスが叫んだ。無表情なので、不気味さが一層際立つ。
レインがその頭に銃を突き付けた。
「待てよ!俺の妹だ」
「貴様、どこか噛まれたり引っ掻かれたりしてはいないだろうな?」
「リユニオン個体だろ?大丈夫だ、知っているからな」
レインは厳しい目で、ライルを睨んだ。今度はライルに銃口をむける。
「なぜ知っている。貴様はブルークイーンの話を聞いていなかったはずだ」
「妹が、ここで働いているからだ。それでいいだろ」
レインはまだ疑わしげに見ていたが、アースティンはそれどころじゃないだろう、と部下をいさめた。
『その通りです。リユニオン個体は共感能力がありますから、一体に見つかるという事は、他の個体も集まってきますよ』
「そういうことだ、早く階段を上がろう」
全員が階段に移動していく。しかしライルはそこを動かなかった。
「・・・・ライルさん」
「たった一人の妹なんだ・・・・そりゃ凶暴で凶悪で、ここに勤め始めるまでは一日に十回は試作ハンドガンで撃たれてたけど・・・いい子なんだぜ」
あなたは人間なのか、と彼は尋ねたくなったがやめておいた。そんな空気ではなかった。
ライルは自分に言い聞かせるように言う。
「ジェノバウィルスが発病し、リユニオン個体になった人間を元に戻す方法はない。もう、戻らないんだ」
リユニオン、とシアリスはまた呟いた。その眼は兄を見ていない。
「行きましょう」
「・・・・・ヴィンはこいつによくしてやってくれていた。こいつがいい奴だって、覚えておいてやってくれるか」
「・・・・わかりました」
その時、銃声が静まり返った業務フロアに響いた。
「階段!」
彼は扉に駆け寄った。非常階段が上へと伸びており、暗い中に非常口のライトの緑色に輝く光だけが、階数分だけ見える。
しかし乱れた足音は、追われるように下へと近づいてきていた。
「ヴィンセント君!すぐ上の階に入りなさい!!それ以上は駄目だ、奴らがいる!!」
アースティンの声だけが発砲音の合間に聞こえてくる。
戸惑う彼の背を押したのはライルだった。彼の手に銃を押しつけて、階段を上らせる。
「レインちゃんって意外とうっかりさんだよな。手錠の鍵没収し忘れたり、身体検査をし忘れたりとかさ」
「わ、私使った覚えがないんですが」
「なら、本能のまま撃ちな。あんたの方が俺よりずっと上手いんだ」
二人は業務フロアの上にのぼった。
どうやら照明が落とされていないようで、室内がよくわかった。
透明ガラスでいくつかのブースに区切られた、白を基調としたデザインは、神経質なまでの清潔感を漂わせている。
それを見た途端、彼の脳裏に痺れるような刺激が広がった。
「この風景、見たことがあります」
しかし痺れは徐々に痛みに変わっていき、彼はその場に膝をついた。
「う・・・ぅう」
「ヴィンセント!?」
ライルが駆け寄ったとき、後ろの扉が勢いよく開いた。振り返れば、アースティン達が飛び込んでくるところであった。
胸を撫で下ろしかけたライルの表情がこわばる。
「レインちゃん!」
レインの左手には赤い染みがよく目立つ白い布が固く巻かれていた。しかし彼女は無表情で言った。
「あぁ、噛まれた。私がここで残りの個体を引きつける、その間に行け」
隊員たちは割り切った顔をしていたが、どこか表情に苦いものを隠しきれない。
反論しようとライルが口を開く前に、彼が言った。
「抗体があります。すぐにそれをうてば、ジェノバウィルスは発病しません」
「また断片的な記憶再生かい?」
「残念ながら。でもずいぶん分かりました。このフロアの第七セクターに、ジェノバウィルスの実験室があったはずです。同じ場所で抗体も作られていたので、それを探しに行きましょう」
私が案内します。とヴィンセントは歩きだした。レインがそれを呼びとめる。
「時間は限られている。そんなものを探す暇があるなら、急いで上に行け」
「これから、他のメンバーが感染する可能性も高いんです。探しておいて損はありません」
「その通りだ」
アースティンが同意した。レインはそれにすがるような目を向けたが、彼女の上司は首をふった。
「可能性があるなら、すがりなさい。それが出来ない人材は僕のチームにはいらない」
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白い廊下にまた赤い飛沫が散る。リユニオン個体がまた一体、倒れふす音が響いた。
「そんなヤバい奴はいないだろうと、麻酔弾をメインに持ってきた事は幸いだったかもね」
アースティンはそう言いながら、銃倉を変えた。
リユニオン個体は、人間離れした俊敏な動きで襲いかかってくる。ラファエルいわく、延髄や心臓を正確に撃ち抜かない限り、行動を停止しないそうで。それならば、と麻酔弾を当てれば、時間差はあるものの、急所に命中させずとも無力化出来た。
「動かしているのはやっぱり脳みそだからねぇ。痛覚は鈍いらしいけど、腱を切れば立てないし。死の恐怖がないってことは、ある意味ペナルティだしね・・・・結構無駄な研究してたんじゃない?」
『試作品だったんだから仕方ないじゃないですか。でも、兵器の有用性なんてみ〜んなそんなものじゃありません?』
「うまいね」
ヴィンセントはまだ隊員たちに守られながら進んでいた。
ライルからもらった銃は、他の銃と一緒にガンベルトに挟んでいる。持っているといって返そうかとも思ったのだが、ここで返してもレインに見とがめられるだろうと、返せずじまいだったのだ。
『皆さん走ってください!』
モニターに残り時間が映され、あらゆる監視カメラの映像も流れていく。一行はそのおかげで、もっとも個体の少ない場所を通過する事が出来た。
しかし、間もなくそれほど簡単にはいかない事がわかってきた。
『そっちは駄目ですぅ・・・・・あぁ、こっちも!』
研究所じゅうのリユニオン個体が集結しているようで、ルートが徐々に狭められて来たのだ。おまけに、監視カメラを破壊し始めたり、隠れて不意打ちをしたり、知能レベルが明らかに上がってきていた。
「知能低いんじゃなかったのー!?」
『えーと、体の運動や生存をつかさどる部分以外の脳の活動は、ウィルスによって著しく機能低下させられるからそのはずなんですけど・・・・一つ仮説を立ててみました』
モニターにラファエルが指を一本立てた状態で現れた。
「仮説?」
『そう、リユニオン個体は、共感テレパスが使える事は言いましたね。それを利用すれば、万が一の確率で知能レベルが高い、いわばリユニオン・マザーとでも言うような固体が、指示を送っている事も考えられます』
「なるほど・・・」
「ごめん、よくわからない」
ヴィンセントは頷いたが、ライルは頭を抱えた。
「要は、全員に指令を出してる、ボスキャラがいるってことなんだろ?」
アルルカンは肩をすくめた。
『そう、それで・・・・あっ!!?』
モニターの隅に映っていた、監視カメラの映像が途切れた。
『うっそぉ、メインケーブル切られた。なんで場所が分かるのよ』
「ナビゲーターは、リタイアのようだね」
『お、音声は繋がってますから。応援は任せて下さい』
一行の足は、躊躇するようにスピードが落ちた。一度足を止めてしまうと、ガリガリと壁をかじる音やリユニオンと叫ぶ声が、壁の向こうからいっそう大きく聞こえてくる。
これではドア一枚あけるにも、戸惑ってしまう。
その時、アースティンの前にレインが出た。
「私が先頭を行きます」
それは、なにか起きたら自分が盾になると言う宣言であった。
有無を言わさぬ迫力に、アースティンが言葉に迷っているうちに、レインは次の扉を開いた。
そこには大なり小なり、よく分からない機械が置かれた、広い空間であった。動く物の姿はなく、物音一つしない。
「ここは第六セクターの実験室です。ここを横切れば、第七セクターまですぐのはず」
ヴィンセントは服の上からそっと銃の感触を確かめて、レインの後ろについた。
「お前は下がっていろ」
「機器に邪魔されて、迷路みたいな場所なんです。案内が要りますよ」
「うん・・・・それも迅速に必要らしいね」
アースティンは二人を背の後ろにかばった。巨大な機器の陰から、一人また一人とリユニオン個体が現れたのだ。
「三十以上はいるな。ヴェルド君」
「はい」
今まで銃弾の一発も撃たずにいた青年が、腰だめにマシンガンを構えた。
「走って!」
飛びかかってくるリユニオン個体にマシンガンの嵐を浴びせかけながら、ヴェルドは叫んだ。
ヴィンセントは走った。機材の間を駆け抜けた。時折彼の首筋を噛み切ろうと個体が襲いかかってきたが、それはレインが的確な射撃で沈めていった。
扉にたどり着くと、ヴィンセントは叩くようにして、スイッチを押した。扉がゆっくりと開き始める。しかしそこから延びてきた幾本もの腕が、彼の腕やスーツを掴んだ。
「「!!」」
レインが反射的に、扉をしめるスイッチを押した。しかし腕が挟まって、完全には閉まらない。
「いっ・・・!!」
あまりの怪力でヴィンセントの腕が軋む。
そこに来たのはロゼットだった。彼を見るなり、足を振り上げてリユニオン個体どもの腕の上に振り落とす。
ばきぼきべきばき!!
背骨が凍りつきそうな音を立てて、ヴィンセントはやっと解放された。
「あ、ありがとうございます(小枝のようだった)」
「礼にはおよばないわ!」
この人だけは怒らせないでおこうと思ったとか、思わなかったとか。
しかしこの扉が使えない限り、第七セクターまでは他の道を探さねばならない。
彼は辺りを見渡した。その眼が梯子階段でとまる。
「一回、上のフロアにあがって、もう一度下りましょう」
「そうね。まずレインちゃんが上がりなさい。次にヴィンセント君とアルルカン君、ライル君を先に上げましょう」
しんがりは私たちに任せて、とロゼットはウィンクをした。そこに徐々にリユニオン個体に押されて、アースティン達がよってくる。
「急いで、こっちもそうもたない」
ヴィンセント達は言われたとおり、階段を上った。
しかしライルは上る途中で、階段を固定しているねじが緩んでいる事に気づいた。
「ロゼットさん、気をつけて。この梯子外れそ・・・・」
ロゼットが途中まで登ったところで、梯子は無情にも外れた。ライルとアルルカンが咄嗟に梯子を掴んだが、衝撃に耐えきれずロゼットは滑り落ちてしまっていた。
「隊長、ロゼット、ついでにヴェルド!!」
飛び降りようとしたレインを、ヴィンセントは引き留めた。
アースティンは困ったように笑うと、こっちは何とかするから、先に行けと言った。
それでもレインは食い下がった。
「待って下さい!」
「それは本当はこっちのセリフなんだけどな、っと」
アースティンは近づいてきた個体に銃弾を撃ち込んだ。
ロゼットも立ち上がると、銃を構えて応戦し始める。そして、誰にともなくこういった。
「私、重くないですよね!!」
「「「・・・・・・」」」
「重くないの!ダイエットしたんだから!!」
ライルがレインの肩を叩く。
「行こう、案外大丈夫そうだし」
「・・・・ああ」
四人の背の後ろから、銃声は途切れることなく聞こえ続けた。
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